過去記事『ジョンソン社のスピンキャスティングリール その1』

 ジョンソン社のスピンキャスティングリールといえば、“センチュリー”くらいしか知られていないのが日本におけるルアーフィッシング愛好家の事情なわけですが、このリールメーカーの事を調べれば調べるほどに、誰もがこのリールメーカーを愛おしく想うようになること請け合いです。
日本では正規の取り扱い代理店がなく、ほとんど市場流通することのなかったリールメーカーですが、アメリカでは非常に良く知られたメジャーなメーカーだったのです。

 自分の場合は、大昔に購入した書籍でもあるグリッツ・グレーシャム著の『バスフィッシングのすべて(発売元:ティムコ)』のスピンキャスティングの章で初めてその存在を知ることになったメーカーでした。

 このメーカーは数奇な運命をたどったリールメーカーでもあり、1949年の創業当初はデニソン・ジョンソン社と言い、1958年にデニソン氏の死後、ジョンソンリール社に改名、1960年代末から1970年代初頭かけて有名な大企業ジョンソン・ワックス社に買収されジョンソン・キャンプ社と改名、1985年にジョンソン・ワールドワイド・アソシエイツ社に改名、2000年にピュアフィッシング社傘下のブランドとなり、現在も細々と存続しているようです。

 創業者であり発明家でもあったロイド.E.ジョンソン氏は1970年に逝去、共同経営者で親友でもあったヘンリー.ウォーレン.デニソン氏は1958年に逝去。
 個人的には、ジョンソン社のリールの本懐は1969年頃までに設計されたリールにあるといっても過言ではないような気がします。
 それが証拠に、“100 CENTURY”、“110 CITATION”、“120 CENTENNIAL”、“122 GULL”、“130 SABRA”、“710”、“140 LAKER”、“150 COMMANDER”、アンダーロッドタイプの“511 FISKARⅠ”、“512 FISKARⅡ”は、それ以降に発売されたリールたちとは一線を画しているような気がします。
 そのスピリットを受け継いだリールたちは、1979年のフルモデルチェンジから数年の間のモデルには見受けられますが、1984年にリリースされた新シリーズには、それまでのジョンソン社のリールとは形状から何から変わりすぎていて、ジョンソンのスピリットは失われてしまったように感じられます。

 最初に開発したリールは、サイドワインダー・タイプと通称される、横向きのスピンキャスティングリールで、プロトタイプであった“タングルフリー”はなんと目覚まし時計を利用した筐体で製作されていたそうです。
 最初の市販モデルである“Model 10”は1949年に発売され、その後約6年に渡り“Model 10A”、“Model 20”、“Model22”、“Model 40”、“Model 40A”、“Model 44”、“Model 60”、“Model 80”とモデルチェンジを繰り返していくこととなります。
 リールズには“Model 10A”が存在し、実際にフルメンテナンスして現代のナイロンライン12lbを巻き、キャスティングしてみましたが、信じられないほどの遠距離キャストを可能としていました。
ただし、このリールにはギア機構がなく、単純にハンドルひと巻きでローターが一周するシングルアクションであるために、巻き取りスピードに関しては、到底「ルアーのリトリーブに適している」とは言い難いものでした。
 モデルチェンジを繰り返していくうちに、ギア機構を取り入れてそれなりのリトリーブスピードを手に入れますが、大型化した筐体によりロッドとのバランスが崩れてきたこと、後発の追従メーカーの存在等の理由もあったためか、このタイプの設計に見切りをつけ、全く新しい設計のリールの開発に着手していきます。
 それが今日まで同社を代表する商品となる“Model 100 CENTURY”の誕生につながっていきます。

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