ABU-MATICの特徴と機能的優位性

 思い入れたっぷりだと、どうも核心に迫れずに身の上話のような物語を書いてしまいがちです。
 今回は、そういった話題は一切なしで、機能面に特化したABU-MATIC回です。

 エビスフィッシング時代のアブマティックを手に入れることが出来た、幸運な同年代(親御さんに買ってもらったという方もいらっしゃるようで、非常に羨ましい)を除き、実際には60代以上の方がリアルタイムでその流通時に触れているわけですが、実際には人気があったわけではなかったそうです。
 面白いのが、カタログに掲載され続けたフラッグシップの『ABU-MATIC 170』で、実はエビスフィッシングにも在庫がなく、市場(取扱店)にいくつか存在しているらしい程度のもので、入手することが非常に難しかったとのこと。
 そもそも、店側も売れないリールを仕入れるようなことはなく、廉価版の330や350、81年になって登場する440があればよい方だった模様。
 みんな知っているけど、興味がないから持っている人がそもそも少なかった。
 これが実情だったのです。
 さて、人気があったか否かの当時の昔話はそろそろやめて、実際のリールとしての機能面を注視していきたいと思います。
 当時をよく知る、釣り仲間の矢沢純一さんが所蔵しているカタログをお借りして、この場で公開していくことにします。
見開きです。クリックで拡大できます。

<エビスフィッシング版ABUカタログについて>
 日本におけるABU製品の取扱代理店の変遷については、かつて京橋に存在していた『つるや釣具店(現在は浅草に移転し、フライフィッシング専門店として営業中)』が1960年代まで取り扱い、1970年までは栄通商(株)が日本総代理店(直輸入販売元として、スバン(株)、津田商店、オフト(株))、1970年9月1日より、エビスフィッシングが日本の総代理店となる。(それ以前もエビスフィッシング(竿常釣具製造(株)、エビスグラスロッド販売(株)でもアブ製品を取り扱っていた)
エビスフィッシング版のアブ製品カタログは1971年から存在していますが、タイトラインの日本語版も同時に存在するなど複数のカタログが存在し、また紙面の構成には年度毎に統一性がなく、フルカラーやモノクロのカタログがあったり、サイズもまちまちでした。
 1978年版のカタログが、フルカラーで見開きのアブマティックの紹介になっており、その内容があまりにも素晴らしいものだったので、ご紹介したいと思います。

【1978年 エビスフィッシング版ABUカタログ】
 詳細については画像を参照していただければわかりますが、当時、ここまで機能詳細に触れたカタログが存在していたということ自体が驚異的なことです。
 ここには、初心者用や廉価な安物というイメージは微塵もありません。
 特に驚かされたことは、
『ルアーやベイトを遠くに投げることを第一の目的として設計されています。』
 と、明言されていることです。
 スピンキャスティングリールは飛ばないと、よく言われていますが、確かにルアーが飛ばないという印象はありません。
『操作がきわめて簡単で使いやすいこととともに、堅牢で故障が少なく長期間にわたってお使いいただけることも、アブマティックの大きな特徴です。主要部品のほとんどに良質のステンレススチールや硬質真鍮などの最高の素材を使用し、それぞれの部品は、この上もない精密技術を駆使した、くるいのない精巧な加工がなされています。』
 アブマティックが驚異的なのは、他社のいかなるスピンキャスティングリールよりも剛性が高く、高い耐久性を持つ素材選定がなされていることです。
 他社製品にも堅牢なリールはいくつか存在しますが、コストダウンや加工上の理由で、樹脂部品やアルミ合金のような強度がさほどない部品を使用している例が多いのですが、アブマティックに関しては、それらが一切ありません。
 アノダイジング塗装された美しいベルカバーも魅力的です。
 特に、170の深紅のベルカバーは美しいと思います。(年代ごとに色味が若干が異なる)

【日本で発売されたアブマティックたち】
 意外なことに、販売代理店の変遷もあったために何が売られて何が売られなかったのかが分かりづらかったのですが、ABU CLUB No.37に販売ラインナップの時系列表が記載されていました。
 そこで分かったことは、やはり販売されたアブマティックの種類は少なかったことです。
 売れに売れまくったリールではなかったので当然でしょう。
青字は高級モデル、橙字は簡易モデル※
  80(不明~1970)
110(1970~1977)
120(1970~1980)
145(1970~1975)
150(1970~1979)
160(1970~1975)
170(1970~1982)
220(1971~1977)
270(1974~1982)
280(1970~1971)
290(1972~1982)
320(1979~1982)
330(1977~1982)
350(1977~1982)
440(1981~1982)
 これでわかる通り、二桁のアブマティックは80を除き、殆ど日本国内では発売されていなかったことが分かります。(栄通商のカタログに、80がカタログで紹介されていたことから、80だけは販売されていたことが分かっていますが、なにせ1970年以前のことは資料不足で詳細は不明です)
 三桁の100番台シリーズも、北米仕様だった140、141、130、136、152、155と、発売時期が極端に短かった135は発売されませんでした。
 オートシンクロドラグ機構を有する3機種を含め、ハイエンドモデルは10機種のみの取り扱いだったことがわかります。

【良質のステンレススチール製のワインディングカップ】
 あらゆるスピンキャスティングリールを見てきましたが、アブマティックの機構面で最も優れている点として挙げるのは、ワインディングカップです。
 その形状は非常に流麗なカーブを描きつつ、厚い塗膜のステンレスメッキが施されていることは、皆さんもご存知の所だと思います。
 これにより、ラインの摩擦からワインディングカップの損耗を防ぎつつ、ラインの放出時の抵抗を軽減し、ロングキャストを可能としています。
 ワインディングカップとピックアップピンの接触部に溝が掘れるということがほぼありません。
 これは特筆事項で、他社のあらゆるスピンキャスティングリールと比較しても圧倒的に優れているところでしょう。

【強靭なフェイスギアとピニオンギア】
 スピンキャスティングリールのギア機構は、大きく分けて3種類があります。
1:ベベルギア
2:ウォームギア
3:フェイスギア
 最も古いタイプはメインギア、ピニオンギアともにベベルギア同士によるギア嵌合ですが、これはコストと加工精度が求められるため、あまり採用されない機構です。
 もう一つはウォームギアによるギア嵌合で、これは更にコストと精度が求められるタイプのため、極一部(ゼブコ社の33XBLとオメガ181/191)にしか採用されていません。 
 アブマティックは、標準的なフェイスギアと星型ピニオンギアのギア勘合ですが、ローターのメインシャフト部(ピックアップ・リリースシャフト)が分割式で、ピニオンギアも独立した設計となっています。
 実際に殆どのスピンキャスティングリールはメインシャフト部にピニオンギアが固定マウントされているため、無理な力を掛けるとワインディングカップが歪んでしまったり、場合によってはピニオンギアやメインギアが欠けたりします。
 アブマティックはたわみのない鋳造筐体にドラグ機構を有するメインギアを組み込み、過度のトルクが内部機構に掛った場合もその力を逃がす設計を施しています。
 ここが他社とまるで違う優れた設計部位になっています。
 アブマティックはそもそも内部機構が破壊されることのない設計になっているのです。

【確実に動作するライン・ピックアップ機構】
 様々なスピンキャスティングリールを使うと分かりますが、プッシュボタン(クラッチボタン)を押してもラインピックアップ機構が完全に解除されない設計のリールも存在しています。
 当然、キャスティングには支障をきたします。
 やはり、ワインディングカップを前面に押し出し、ラインピックアップ機構を解除する設計のものでないと動作が不確実です。
 多重式のワインディングカップを持つタイプのスピンキャスティングリールには、ローターの位置によってはラインピックアップ機構を完全に解除できずに、ラインが引っ掛かってしまうものも存在します。
 シンプルな設計ですが、ピックアップピン機構によるラインピックアップは、最も確実な機構であることが証明されています。

 <ライン・ピックアップ機構の不具合対策について>
 『ピックアップピンがラインを拾わない』という不具合のあるアブマティックが稀に見られます。
 これはピックアップユニット基部の樹脂パーツが摩耗したために、ピックアップピンの先端がワインディングカップから出るべき本来の長さに満たない状態のまま固定されてしまうことが原因です。
 ピックアップユニット基部のパーツである『6710:ライン・ピックアップ・イジェクター』のワインディングカップの内側に向いている部分には突起部があり、『6716:クッションプレート』のエッジにこの部分が接触することで、ピックアップピンがワインディングカップの外側に出て固定される仕組みになっています。
 この突起部が摩耗するとピックアップピンが本来の長さで出なくなり、ラインテンションが抜けるとピックアップピンとベルカバーの隙間にラインが外れてしまうことになります。
 対策は新品部品に交換することですが、摩耗した突起部にパテを盛り付けてから不要部位を切削することで、この不具合を解消させることも出来ます。
 また、復元後は摩耗を防ぐためにクッションプレートエッジが露出する部位に粘度の高いグリスを塗布するのが効果的です。
 シングルピックアップピンのアブマティックに多くみられる症状であることからも、ダブルピックアップピン化も対策として検討してみるのも良いでしょう。
 
【シンクロドラグ機構】
 他社のいかなる製品とも異なる、アブマティック最大の特徴ともいえるのがシンクロドラグ機構です。
 とはいえ、最初期の30や、以降に登場するアンチリバースの存在しないダイレクトドライブモデル(30A、20、110)や、35、135、145に採用されたアンチリバース機構付きのダイレクトドライブモデルも存在しています。
 これらのモデルも、ハンドル逆転時に負荷を掛けられる機構を有しており、ドラグ機構的な役割を持たされているため、非常に使いやすいです。
 さて、シンクロドラグ機構は、初期設定されたドラグ値から、ハンドルを逆転させることにより更にドラグ値を下げることが出来る機構で、スピンキャスティングリールとの相性が抜群です。
 特に、力づくでファイトすることが難しいスピンキャスティングリールの特性上、アングラー側が魚を疲れさせるためにシンクロドラグを使用することは非常に有効です。
 個人的な経験則でしかありませんが、アブマティックを使っている際に、身切れによるバレを経験したことは皆無で、それだけバレづらいドラグ機構だと言えるかもしれません。

【スピニングロッドでも使うことが出来る】
 これはタックルの組み方になりますが、最初期の60と30登場時のカタログ上で記載されている事実として、スピニングロッドにセットしてオンロッドで使うこともできます。
 勿論トリガーがなく、リールシートもオフセットされていませんが、ガイドとの位置関係では問題なく使えるセッティングです。
1957年の60と30のカタログページ(拡大できます)
セットするロッドが違うと指摘されがちですが、実はスピニングロッドのガイドを上向きに使用するのも、決して間違っていないのです。
 古いタイプに32、62、72、82というアブマティックが存在しましたが、これらはアンダーロッドで使うことが前提で、スピニングロッドにリールを下向きにセットして使用しました。
 この場合のみ、ワインディングカップの回転方向が通常とは異なり逆回転するため、スプールのラインは逆巻きになります。
1959年の60と30のカタログページ(拡大できます)
最後に、1957年に誕生してから1980年代前半まで基本的な形状を変えずに製造され続けた高性能なアブマティックも、時代の流れで他社モデルと変わらない廉価な低スペックモデルへと変貌していきます。
 1987年に最後の高性能アブマティックである1075が発売されますが、特別話題にされることなく短い期間で製造中止となりました。
 スピンキャスティングリールが低価格の廉価版のみのラインナップになっていった理由には、タックルの進化やルアーの細分化の影響が大きかったのだと思います。
 スプーンやスピナーをキャストし、リトリーブを繰り返すだけのルアーフィッシングの時代は終焉を迎え、スティックベイト、ポッパー、スイッシャー、ジャークベイト、クランクベイト、リップレスクランクベイト、スピナーベイト、バズベイト、ラバージグ、ワーム等を、様々なテクニックで使いこなすようになり、それらの釣法により適していたのは高性能化が進んだスピニングリール、ベイトキャスティングリールだったのです。
 折しも日本製ベイトキャスティングリールやスピニングリールが、北米市場に登場し、評価を得ていくこととなる時期と重なっています。
 ルアーフィッシング用のリールとしての価値を見い出されなくなったスピンキャスティングリールでしたが、ルアーフィッシング以外の用途には最適でした。
 置き竿のブッコミ釣り(ナマズ用の巨大なスピンキャストリールも存在する)や、パンフィッシュの浮き釣りにと、エントリーユーザーにも問題なく使える機構面での優位性が功を奏し、北米における使用率の最も高いリールとなっていったのです。  
 北米では一般人の使うリールといえばスピンキャスティングリールが圧倒的なシェアを持ち、スピニングリールとベイトキャスティングリールは、ルアーフィッシングのユーザー以外にはあまり浸透していないのが実情です。
 それでも、アブマティックが北米でのシェアを獲れなかったのは、ゼブコとジョンソンの2メーカーが圧倒的なシェアを持っていたからに他なりません。
 他のメーカーは1970年代に廃業したり、他社に吸収合併され、人気のあるメーカーだけが生き残りました。(ガルシア社も業績が悪化したことでアブ社に吸収されます)
 
 とはいえ、スピンキャスティングリールは、決して使えないリールではありません。
 現に、小型軽量ルアーを用いた近距離キャスティングの精度において、スピニングリールやベイトキャスティングリールではこのリールを凌駕することは出来ないのですから。
 ベイトフィネスのベイトキャスティングリールは、アンダーハンドキャストでないと精度の高いキャスティングはできませんし、スピニングリールで直線的にキャスティングすることは非常に難しいです。
 あらゆるスピンキャスティングリールの中で、最も優れているのは、1980年代前半までのアブマティックであることはゆるぎない事実です。
 興味を持たれた方は、騙されたと思って100番台のアブマティックを手に入れて使ってみてください。
 スピンキャスティングリールのこれまでの評価は大きく変わると思います。


【ABU-MATICモデルの変遷について】
 おそらく1980年代前半までのハイエンド仕様のABU-MATIC(二桁、100番台、200番台)に興味を持った方が、最初につまずくであろうところが『モデルのバリエーションが多すぎて何を選んでいいのかが分からない』といこところでしょう。
 セレクトの参考に、各モデルの変遷リストを記していきます。
 基本的にはオリジナルとなるモデルが存在し、その後、進化モデルに発展していることが分かります。

【ABU-MATIC 60系統】
 1957年に最初に発売された、あらゆるABU-MATICの始祖的モデルで、シンクロドラグ機構を初めて搭載したハイエンド機種。
 最初期モデルではあるものの、基本設計が非常に秀逸で、後の派生モデル全てのベースとなった記念碑的な位置づけであり、現在使用しても何ら性能的な不備を感じさせない世界最高品質のスピンキャスティングリール。
 最初に派生したモデルは、1959年に登場するアンダーロッド専用の『ABU-MATIC 62』。
 1960年に北米限定モデルとして色違いの『ABU-MATIC 40』と『ABU-MATIC 41』が登場し、『ABU-MATIC 61』がユニバーサルモデルでは唯一のモデルとして登場します。
 後継モデルは、1964年に登場する『ABU-MATIC 160』と北米限定仕様の『ABU-MATIC 140』と『ABU-MATIC 141』。
 『ABU-MATIC 160』の派生モデルとしては、プリセットドラグを搭載した『ABU-MATIC 120』、北米仕様のリングドラグを採用した『ABU-MATIC 130』と、その後継廉価版の『ABU-MATIC 136』が登場します。
 
【ABU-MATIC 30系統】
 同じく1957年に最初に発売された、ダイレクトドライブ仕様の廉価版ABU-MATIC。
 シンクロドラグ機構は搭載せず、オンオフ切り替え可能のクリッカースイッチを搭載。
 アンチリバース機構を持たないため、ハンドルは正回転、逆回転させることが出来る。
 ワインディングカップは左右どちらにでも回転させられるため、オンロッドでもアンダーロッドでも使用することが可能です。
 派生モデルとしては、1959年カタログから掲載された『ABU-MATIC 32』が存在しますが、『ABU-MATIC 62』とは異なり、アンチリバース機構を有しておらず、ベルカバーの刻印を除いて全く同じ仕様だったため、実際にはオンロッドでも使用することが出来た。
 1960年にアンチリバース機構を搭載した『ABU-MATIC 35』が登場。
 1961年に、オンオフ切り替えが出来ないクリッカーを搭載した『ABU-MATIC 30A』と、ショート・ツインハンドルを採用した廉価版の『ABU-MATIC 20』が追加される。
 『ABU-MATIC 35』の後継モデルが1964年登場の『ABU-MATIC 135』ですが、非常に短命に終わります。
 『ABU-MATIC 20』の後継モデルが1968年登場の『ABU-MATIC 110』でこちらは長く発売されました。

【ABU-MATIC 70系統】
 1959年に『ABU-MATIC 60』のサイズアップ版として登場したハイエンド仕様。
 後にABU-MATICを代表するモデルとなる『ABU-MATIC 170』の元となった。
 ラインキャパシティーを上げ、更なる大型魚をターゲットとするために各部位の強化が施され、アンシンメトリーのクラッチボタンが初採用された。
 派生モデルとしては、同年に登場したアンダーロッド仕様の『ABU-MATIC 72』と、1961年に登場したダイレクトドライブ仕様の『ABU-MATIC 75』がある。
 後継モデルは、1965年登場の『ABU-MATIC 170』となっているが、北米市場への投入はもっと早い1960年であった。
 『ABU-MATIC 170』から派生したモデルは多く、プリセットドラグを採用した『ABU-MATIC 150』、北米限定仕様の『ABU-MATIC 152』、リングドラグを採用した『ABU-MATIC 155』、『ABU-MATIC 75』の後継モデルとなる『ABU-MATIC 145』が存在する。
 オートシンクロドラグ仕様の『ABU-MATIC 270』が『ABU-MATIC 170』の純粋な後継モデルですが、最終形態となっているのは1987年発売の『ABU-MATIC 1075』。
 
【ABU-MATIC 80系統】
 1959年に登場した、最大クラスのABU-MATIC。
 全モデル中もっとも長い期間発売され続けたリールで、1970年に『ABU-MATIC 280』が登場した以降も発売された、日本国内で唯一流通していた二桁のABU-MATIC。
 最初の派生モデルは1959年に同時に発売されたアンダーロッド仕様の『ABU-MATIC 82』。
 後継機は『ABU-MATIC 280』だが、更なる後継モデルに『ABU-MATIC 290』がある。

 ここで名前を挙げたモデルが、銘機のABU-MATICであり、これらを使ったことのある者は、ABU-MATICこそが、世界最高のスピンキャスティングリールであることに同意してくれることでしょう。

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